霊界探訪・神界への回廊

中程度の霊界のもようをたずねることからはじめて、高級霊界の探訪へと移っていきたい。
これからご紹介していく霊界探訪の記録も、超神霊である魂の親さんにおねがいして、親さんともども、実際にわたしが霊界へとぶことによって知り得た情報である。


喜びも怒りもない霊界-----無気力に旅をつづける霊人たち
見渡すかぎり金の砂の霊界-----りりしげでエネルギッシュな霊人たち
天上界の霊査から-----故人は満ち足りた想いの生活を送っていた
豊饒の霊界-----自然の恵みと細やかな愛に満たされた霊人たち
透明な黄金色の霊界-----喜びの波動になりきったゆらめく黄金の霊人たち
山頂での大天神との対話-----偉大なる天神がもつ不滅のエネルギー
現在のわたしの霊的交際-----変幻自在の大宇神との交流による恩恵


喜びも怒りもない霊界-----無気力に旅をつづける霊人たち

わたしは魂の親さんにいざなわれて、とある霊界の空をとんでいた。そこは、闇の世界ではない。陰惨な気配もない。さして、輝かしい霊界とも思われないが、しかし、はっきりと地獄の雰囲気とはちがっている。

さて、親さんは、これからどんな霊界へわたしをいざなおうとされているのか・・・・。
この日のわたしは、親さんがいざなわれるがままに、ついていこうと決めていた。

親さんとわたしとは、しばらく、なんの変哲もない、ただ広い空間を前進していた。

そ して、さらにしばらく、前進したとき、わたしたち(親さんとわたし)は、前方からやってくる霊人の行列に出合った。ゾロゾロ、ゾロゾロとやってくる、その 霊人たちの行列は、いったい、総勢どれくらいいるのだろうか。数百人、いや、とてもそんなものではきかない。はるか後方のもようははっきりとらえることも できないが、それでも、優に数千人はいそうな感じである。

わたしは、さらに行列のほうへと近づいていった。そして、それら霊人たちの観察にかかった。

ま ず、服装はどうか、鎧に烏帽子、帯刀の武士の姿、いかにも公家らしい姿、肩に荷物を背負ったり、天秤棒で荷物をかつぐ商人風の姿、百姓風の姿、漁師風の 姿。さらに、袴あり、モンペあり、ふつうの着物姿あり・・・・と、さまざまであるが、とにかく、現代のような洋服姿は見られず、ほとんどすべてが昔の着物 姿である。

男も女も子供も、みな、昔風の着物姿で、野原の一本道を、ただ、ゾロゾロ、ゾロゾロと歩いているのである。

そのいでたちの様子、雰囲気からみると、どうやら、この霊人たちは、今から五百年から一千年くらい前に日本で霊界入りをした人たちと思われる。

つぎに、表情はどうかといえば、これが異様であった。どのように異様かといえば、どの霊人もどの霊人も、まったく無表情なのである。喜怒哀楽のさまが、まったく顔にでていないのである。親子づれらしい霊人もいるが、これも能面のように表情がはりついたままである。

そして、ただ、もくもくと歩いている。この霊界では、うれしいことも悲しいことも、特別に腹立たしいこともなければ、夢も希望も目的もないらしい。そして、ただ、くる日もくる日も歩きつづけるだけの生活であるらしい。

しかし、それにしても、この霊人たちはいったいどこに向かって歩きつづけているのだろうか。やはり、彼らなりに、なにか目的があるのだろうか?


わたしは、ゾロゾロとつづく行列の中の一人の僧侶に、わたしがいだいている疑問をたずねてみることにした。わたしはすこし早足で、さらにこの僧侶姿の霊人に近づくと、声をかけた。

「あなた方は、どこに向かって進んでいるのですか」

すると、平淡な中にも不審そうな調子をおびた、霊人の想いのことばが返ってきた。

「どこに向かってとは、どういうことですか。進むとは、どういうことですか。わたしたちは、ただ歩いているだけなのです」

「歩いていて、どうなるのですか」

「どうなるって?そのようなことはどうでもいいことなのです。考えてみたこともありません」

「それでは、目的はないのですか」

「目的とは、どういうことですか。ただ、わたしたちは、こうして、いつもいつも歩いているのです。それだけでよいのです」

「で、喜びはあるのですか」

「喜び?そのようなものは・・・・、はて、なんですか。忘れてしまいました」

「では、苦痛はありませんか」

「苦痛・・・・、それも忘れてしまいました」

「しかし、ここは霊界なのですよ。もっともっと、すばらしい霊界もあるのですよ。そのような楽しい霊界にいきたいとは思わないのですか」

「霊界?なんですか、その霊界とは」

「人間界にあったときの古い肉体の衣を捨て去り、魂と幽体のみが存在する世界、それが霊界です。あなたは、もう霊界人なのですよ」

「エ エッなんですって、わたしが霊界人ですって?あなたは、おかしなことをいう人ですねエ、霊界とかなんとかって・・・・。しかし、そういえば、昔、ずっと 昔、霊界などということについて、きいたこともあったような気がするが・・・・。ですが、いずれにしても、わたしはまだ霊界というところへいったこともな ければ、見たこともないのです」

「あなたは生前、肉体をもった人間だったころ、毎日、どのような想いをもって生活していたのですか」

「からかうのはやめてください。生前といわれましても、わたしは、げんにいま、こうして生きているのです。あまり、へんなことをきかないでください。

だ が、まあ、どのような想いをもって生活しているかときかれたら、まったくふつうの想いで生活している、としかいえませんねエ。わたしは、生まれてからきょ うのこの日まで、とくに悪いことをした覚えはありません。といって、格別、いいことをしてきたとも思っておりませんが。ごくふつうに、ただ生きているだけ です。

とくに人を憎んだり、意地の悪いことをすることもありませんが、さりとて、とくに人様のお役に立つことをしようとも思いません。この人生、とくにつらいこともなければ、とくに楽しいこともありません。

まあ、人間に生まれてきたから、人間として、ふつうに生きていると申しましょうか・・・・。

それでは、わたし、また歩き続けます。

べつに、わたしは善人でも悪人でもないと思いますが、このようにあなたからいろいろと尋ねられることは、わずらわしいことなのです。では、失礼いたします」

と、ざっとこのような奇妙な対話になってしまったのだが、この霊人の受け答えは、行列をつくっているほとんどすべての霊人の意見を代表するもの、と思ってもよさそうだ。

なるほど、行列のどの顔もどの顔も、まったく生気に乏しく、さりとて、地獄の悪想念をあらわしているというわけでもない。ただ、もくもくと歩きつづける、いかにもつまらなそうな集団なのである。



わたしは、なんの感動もなく感情もなく、ただ歩きつづけるこれら霊人たちの行列を見送りつつ、ふっと思ったのであった。


この霊人たちの表情は、現代人によく似ている。服装や髪型はまったくちがっているが、表情は、多くの人たちのそれとよく似ている、と。


たとえば、ラッシュ・アワーの駅構内で、目に生気もなく無気力にもくもくと歩きつづける人、人、人。休日の午後、盛り場をゾロゾロ、ゾロゾロと目的もなく歩きつづける人、人、人。その多くの人たちが、いかにもつまらなさそうな、張りのない顔つきをしているではないか。


人 間として生まれてきて、悪想念ももたないかわりに、特別、善想念ももたない。なんのために生まれてきたのかという疑問ももたなければ、どのように生きたら よいのかという向上的な想いをもつこともない。ただ、時の流れにそって、くる日くる日を生きつづけてきた人たち---。
そのような人が死後たどりつく場所が、ただいま見てきたような霊界なのではないか。


現代人の中にも、生きるということに対してなんのあてもなく、ただ人生のもち時間を空費しているような人がいる。極端にいえば、ただ食べて眠って、その場かぎりの楽しみの小さなかけらをつまむ・・・・・・。


そして、それらの人たちの多くは、霊界など夢物語だと思い込んでいる。人間、死んだらおしまいさ、という刹那的想いを心の底にもちつつ、ささやかな享楽に身をしずめていく。


五十年、あるいは百年という歳月は、ふり返ればアッという間のできごとのようにすぎていくであろう。やがて、誰にも平等に訪れる死-----。と同時に、それらの人たちの多くは、無気力旅の集団の中にはいっていくことを余儀なくされるのだ。


わたしは、人生になんの目的ももたない無気力な、そして霊界を認めようとしない人たちを見るたびに複雑な想いにとらわれる。


全人類に平等に与えられた、想念界の自由。なぜ、人間界にあるたったいま、このことの重要性に気づこうとはしないのか。いまなら、まだおそくはない。自己の想念の方向転換によって、未来における、霊界居住区の変更も可能だというのに・・・・。



見渡すかぎり金の砂の霊界---りりしげでエネルギッシュな霊人たち

ある明け方のことであった。わたしは魂の親さんとともに、とある霊界の上空を軽々ととんでいた。
空気がさわやかで、気持ちがよい。そして、なによりも明るく、澄みわたっている。
わたしたち(親さんとわたし)は、次第に高度を落として、ゆっくりと地上におりたった。


そこは、見渡すかぎりの金の砂の大地であった。空は、どこまでも深い青をたたえて、あまりにも澄みきった大気は、一種金属的な輝きを放っている。密度の高い、キーンとはりつめたような空気である。


こんな霊界に住んでいる霊人とは、いったいどんな人たちなのだろう!?


と、わたしが興味をおぼえると、そこに、忽然と人影があらわれた。まっ黒い肌をした偉丈夫だ。
と思うと、またあちらこちらには、いかにも精悍なヒゲ面の白人がいる。りりしげな東洋人の姿も見える。それらの人たちが、輝くばかりの金の砂のあちらこちらにあらわれては消え、消えてはあらわれ、それこそ想いひとつで、自由自在にとび回っているのである。


この密度の高い、はく息すらかなわぬような透明な大気の中で、黒人や白人や東洋人の霊人たちがいったりきたりしているさまは美しい。なぜか。その霊人たちが全身から発散している霊気が、活動的で、いきいきとしているからである。


気迫、意志の強さ、なにものにも断じて屈さぬ精神力。この霊界には、暗いガゲのひとかけらもない。あくまでも前向きで明るく、エネルギーに満ち満ちている。


わたしは気持ちのよい波動を感じながら、これらの霊人たちの生前のあり方を霊視した。わたしの心身にくわわる力強い波動は変わらない。そうだ。やはり、この人たちは、生前もたくましく、エネルギッシュに生きぬいた人たちだったのだ。


たとえば、その昔、新大陸を求めて危険な航海をしてきた勇者や、新天地を求めて旅をした冒険家、あるいは、シルク・ロードの商人。登山家もいる。国のために勇敢に戦った武将もいる。武術家もいる。


要するにこの霊界に住む霊人たちは、生前物心両面を充実させるべく、全力をあげて勇敢に人生をきりひらいてきた人たちだったのである



天上界の霊査から-----故人は満ち足りた想いの生活を送っていた



またの日の霊界探訪である。しかし、この日の探訪は、たんに霊界を見聞するというのではなく、もうひとつの目的があった。それは、亡くなったある人物を訪ねることであった。


あるとき、わたしは、知り合いの方から、つぎのような依頼を受けたのである。


自 分がたいへんお世話になり、親しくもしていただいたA氏が他界された。A氏はりっぱな人柄であり、某新聞社会長まで努められた人であったが、霊界でしあわ せに暮らしているのだろうか。もし、霊界でしあわせな境遇にいないのであったら、その供養の方法を教えていただきたい。


と、このような内容の依頼であった。


それまで、まったくA氏と面識のなっかたわたしは、A氏の名前を聞き、写真を見せていただいた。わたしはさっそく目をつぶり、トランス状態(入神状態)にはいっていった。


わたしは、胸中の想いの世界で,A氏の名前を念じつつ、大霊界は地下霊界から天上界まで、瞬時にしてながめまわした。


いた。A氏は、天上界にいたのである。ま昼の、まっ青な天空の中から、ゆったりとほほえみながら、A氏はあらわれた。写真の面影のとおりである。


「霊界での生活はいかがですか」


わたしが想いのことばでそうたずねると、即座に、想いの波動が返ってきた。


「はい、わたしはこのとおりです」


A氏は、この霊界で満ち足りた想いの生活を送っているのだな、とすぐに分かった。それから、A氏は、にこやかな顔つきで、さらに想いのことばをつづけた。


「わたしは人間界のあれこれについて、気がかりなことや思い残すこともないではありませんでしたが、それも、いまとなってはふっきれました。自分は自分なりに、全力をつくして生きてきたのです。そして、いま、このような霊界にやってきました。


わたしはここへきて、すぐに気づいたのです。いつまでも、人間界の想いにこだわっていてはいけない、ということに。それで、わたしは自分がおかれている霊界の情況に順応するように、現界からひきずってきたいろいろな想いを消すことに全力をあげました。


おかげさまで、いまでは、このように澄みきった霊界の中で、自由自在に移動することができます。このわたしの想念界に対しては、なんらの障壁となる存在もなく、自由というか、のびのびしているというか、じつに羽毛のように軽やかです。


人間界でもいろいろと楽しいことはありましたが、そのような楽しみとはまったく次元のちがう、ほんとうに晴れやかで軽い心の、楽しい毎日です」


この満ち足りたA氏の想いのことばに、わたしの想いの世界もまた、深い安堵と満足とでいっぱいになった。


「Aさん、ますます霊界の高きに向上され、今後、いく千年、いく万年と、しあわせな霊界人としておすごしください」


わたしがそういうと、A氏はにこやかにうなずいて、まっ青な大空をゆうゆうと舞いながらとぶ一羽のカモメのごとく、軽々と、楽しげに、わたしの視界から消えていった。


このA氏との対面の一連の情景は、一巻の絵巻となって、いまだにわたしの脳裡をはなれない。


豊饒の霊界-----自然の恵みと細やかな愛に満たされた霊人たち


わたしの魂、そして精神世界が肉体をはなれて霊界を浮遊しはじめて、まだ、いくらもたたぬころである。わたしは、ハッとして、思わずわが目を疑うような体験をした。その霊界の風景が、あまりにも鮮明だったからである。


そ れは、古きよき時代のアメリカ大陸を思わせる、見渡すかぎりの大草原。そして、ところどころに小高い丘あり、森あり、小川あり、しかも、その小川の水はま るで水晶の玉をころがすごとくに透わたり、キラキラと輝いている。新鮮な木々の香りが鼻腔に心地よく、そよ風のささやきに心がなごむ。


よく見れば赤味を帯びているが肥沃な大地には、花が咲き乱れ、果樹はたわわに実をつけている。野菜も穀類も、豊かに、収穫の時を待っている。


なんと麗しき、豊穣の大地!


と、 見るや、花々の咲き乱れる草原に、まるで西洋人形そのもののような愛らしい女の子がいる。なにか楽しげに歌を口ずさみながら、かごいっぱいに花をつんでい る。そのそばに、にこやかに立っているのは母親だろうか。これまた、名画の中から抜けだしたきたような、色白、端麗な婦人である。


栗色の髪をなびかせながら、元気に走り回る少年もいる。ギリシャ彫刻のように美しく、りりしげな男性もいる。


それらの人たちがみな、いかにも楽しげに、和気あいあいとしている。歌を歌い、語りあい、手をとり合って踊り、たがいにほおずりせんばかりに、うれしそうにしているのである。


その様子は、いかにも欧米風ではあるけれど、ここはまさしく、霊界の楽園だ。


わたしが、これら喜びに輝いている霊人たちの生前の様子を霊視したところ、五百年から千年以前の人間界、それも外国で生活していた、主として白人系の人々であった。


どうやら、これらの人たちが生きていた時代は、食べることにもなんの苦労もなく、それゆえに満たされた心が、人間同士のあいだに実になごやかな和の雰囲気をかもしだしていたようである。


親子、兄弟姉妹をはじめとして、血族間のつながりは密で、他人同士といえども、ともに手をとり合って、喜びの種をふやしていこうといった、ひたすらに明るく、楽しげな空気が満ち満ちている。

わたしは、この古人たちの様子を見て、つくづく思ったものである。


現代は科学、文明がこれだけ発達していながら、逆に、精神世界の充実ということは忘れ去られている。この世で満足な生活をしようと思ったら、まず金がいる。要するに、現代は金、物、形の世界である。そのあげ句の果てに、人間同士の、国同士の戦いがあり、核の恐怖がある。


こ のような世の中では、いくら一心に想念の生活をしようとしても、どうしても限度というのもがある。金、物、形という物質社会の中にあっては、その枠からひ とたびはずれるや、たちまち社会の落伍者となってしまうのである。その意味で、現代は「自由に考えること」が実にむずかしい時代でもある。


それにくらべて、この古人たちは実にのびのびと、いきいきと、自由な想いの世界で人生を謳歌していたように見うけられる。


果たして、社会の、文明の進歩、発展とはなんなのか。社会が進歩し、発展するにつれて、いやおうもなく失われていくもの、すなわち「人類に平等に与えられた心、想念の自由」ということについて、現代人はもう一度じっくりと考えてみる必要があるのではなかろうか。


透明な黄金色の霊界---喜びの波動になりきったゆらめく黄金の霊人たち


また、ある明け方のことであった。魂の親さんは、わたし(わたしの精神世界、および想念界)をつれだって、ある霊界へと近づきつつあった。


わたしはいままで、特別にそのことについて書くことはなかったが、霊界探訪をするほとんどの場合、まず最初のごくわずかな時間(ほんの一秒の何分の一かの時間ではあるが)黒いドームの中をサッととおりぬけて、そして、目ざす霊界へとただりつくのであった。


だ が、今回はそうではなっかた。黒いドームをくぐりぬけるかわりに、満天の星空の中をどんどん、どんどん、突き進んでいったのである。それは、わたしの感覚 にはかなり長い時間に思われたが、正確なところは分からない。しかし、いつもの黒いドームのときよりは、確かに、ずっと長い時間のように思われた。


わたしたち(親さんとわたし)は、どんどん、どんどん、満天の星空の中を突き進んでいった。突き進むほどに、次第に星の数がへりはじめ、それはやがて、まったく見えなくなってしまった。
深い夜の世界から、薄明の世界へとやってきたのである。


わたしたちは、さらに突き進んだ。うす明りは次第に明るさをまし、大気が白っぽくキラキラと光りはじめた。と、つぎの瞬間、あたり一面が透明な黄金色に輝いているではないか!


透明な、黄金の世界----。淡い黄金の陽炎があちらこちらに、ゆらゆらと立ちのぼり、きらめく陽炎をとおして、すべての風物がゆらめくように見える。それは、まるで金粉をちりばめた蜃気楼のように、夢幻の美をかもしだしていた。


----ああ、なんという至福の感。なんという満ち足りた想い。


わたしの想念界に、潮のようにひたひたと打ちよせる、この幸福感はいったい、なんなのか。すぐに分かった。ここは、輝くばかりの喜びの波動を発散している。


大地も川も木々も草花も、すべてが透明な黄金色に輝きわたり、それ自身が、大いなる喜びの波動を発散している。


と、不意にわたしの目の前に、ゆらゆらと淡い黄金色の陽炎が立ちのぼった。ハッと見ていると、それはゆらめきながら、次第に人の形になっていった。なんと、それは、この歓喜の霊界に住む霊人だったのだ。


あらゆる喜びと至上の満足とで形成された、この霊人は、その霊体自体が透明な黄金色で、表情はあくまでも穏やかで、美しい。その姿を見た者にまで、深い喜びの想いと感動とをもたらす、そのような波動を全身から発散させているのであった。


と、見ているうちに、その霊人はスーッとかき消えてしまった。オヤッと想って目をこらすと、また、ゆらゆらと陽炎が立ちのぼり、さきほどとはちがう霊人があらわれた。見わたせば、あちらにもこちらにも、消えては、立ちあらわれる、たくさんの霊人の姿があるのだった。


しかも、それらの霊人たちは、みな、全身から喜びと至福の波動を発散し、表情は穏やかにも輝きわたっているのである。


見つめるわたしの想念界にも、この地の霊人たちの想念とまったく同様のものがかもしだされてくるのが、はっきりと分かった。


また、わたしの目の前に、不意に金色の陽炎が立ちのぼり、ひとりの霊人があらわれた。そこで、わたしは、その透明な黄金の霊人に問うてみた。


「楽しそうですね、喜びに輝いていらしゃいますね。いかがですか」


「そうです、そのとおりです。至福の想いでいっぱいです。喜びでいっぱいです」


「いつも、そうなのですか」


「そのとおりです。もう、わたくしは霊界入りをして八百余年になります。その間、くる日もくる日も、至福と喜びの想いでいっぱいでした」


「なぜ、そのように、喜びばかりが長くつづくのでしょうね?」


「こ の世界にいると、わいてくるのです。ひとりでいても、どこにいても、この世界にいる限り、楽しさ、喜び、至福の感が、つぎからつぎへとわきでてくるので す。わたくしたちの想念界は、すでに喜びの波動になりきっているのです。この至福と喜びの世界で、わたくしたち霊人の歓喜の想いも、果てることなく、未来 永劫につづくことでしょう」


そういうと、黄金の霊人はスーッとかき消えてしまった。わたしは、胸中深くにわきあがる感動を至福の想いでかみしめていた。




わたしは、はっきりと確信した。これら、透明なる黄金の霊界へとやってきた霊人たちの生前は、つきることなき美と喜びの探究者であったにちがいない、ということを。


たとえば、わたしがご紹介した、美の殉教者とでもよべる偉大な文学者のように、である。この文学者は自ら謎の霊界入り、すなわち現象的には自殺という形の霊界入りを遂げている。
しかし、この文学者の魂は、わたしが霊視したところ、きらめく黄金色の神秘の世界で、輝くばかりの霊体いっぱいに、至福の想いをみなぎらせていた。その美しい霊界とは、文学者自らが、生前、求めてやまなっかった、究極の美の世界でもあったのだ。


このように生前、偉大な文学者であった、または、偉大な詩人、画家、音楽家、芸術家であったこれらの人たちは、現界にありながら、ふつう、現界では想像もつかないような美と喜びとを追究しつづけた人たちでもある。


そして、これらの人たちの死後は、生前にいだいていた美の想念、至福の想念がそのままもちこされるゆえに、必然的に、美と喜びに満ち満ちた、美しい霊界へと移行することになる。


わたしは、これら透明な、黄金の美の世界に生活する霊界人たちを見るにつけ、あらためて、人間界にあるときの想いがいかに重要なものであるか、思い知らされる気がする。


わ たしたちの毎日の生活は忙しい。金に追われる、ノルマに追われる。いくつもの電車やバスを乗りかえての出勤で、クタクタだ。新聞も週刊誌も読んで、いろい ろな情報を頭につめこまなければならないそのうえ、パソコン、ワープロなど、の種々のコンピューターの発達!これらについての知識だってつめこまなけれ ば、はじきとばされかねないのが現代社会だ。


こうして、現代人は、人間自らがつくりだした忙しすぎる社会機構に追い回されて、毎日を、あくせくと暮らしている。


想念世界に美の想いを描こう、至福の想いを描こうといっても、なかなか、むずかしいことではあろう。


現界といろいろな段階の霊界とをいったりきたりしているわたしは、つくづく、考えこんでしまうのである。


山頂での大天神との対話----偉大なる天神がもつ不滅のエネルギー

わたしは、神霊能力者としての仕事が現在のように忙しくなる以前、四十歳代のはじめころまでであるが、長崎付近にある山々によく登ったものである。週に一、二回は登ったと、記憶している。


それは、もちろん健康のためという目的もあったが、実は、わたし自身の、ある喜びのためであったのだ。その喜びとは、人に話しても分かってはもらえない、わたし自身の神との交流の喜びであった。


長崎の山は、ほとんどが三百メートルから四百メートルの高さである。そこへ、暑い夏のさかり、木々の緑をかきわけるようにして登る。そして、わたしは頂上のわずかな草地に大の字になってねそべり、まっ青な天空を仰ぎ見るのである。


まっ青な、雲ひとつない、晴れわたった大空を、下界から仰ぎ見るわたし。わたしは大空を仰ぎ見ながら、実際は、さらにその奥の奥の天界を仰ぎ見ている。と、そこに巨大な神像が横たわる。
澄みきった、まっ青な天空の中にあらわれた巨大な神像。それは雲ではなく、わたしの霊視にのみ映る神の姿であった。


その神像は、まろやか、寿、喜びの深き想いを秘め、永遠のやすらかなる波動を流している。いかにも巨神、としかいいあらわすことのできない、その姿。


わたしは、悠然として大空に横たわる巨神に、想いの世界で問うてみた。


「あなたの称名は」


すると、静かな波動で答えあり。


「われ、大天神なり」


「発生年数は」


「十二万年前なり」


「現在の想いの世界、心境は、いかばかりや」


「われ、悠として永遠なり」


「想いの記憶あらば、問いたい。人間界にありしとき、いかなる想いの日々を送りしや」


「われ、人間界にあるときより、いま、われある大神界に通ずる想いの日を送りしなり」


「大天神、そなたの大神界におけるはたらきは」


「余の大神界におけるところのおこたり(行動、仕事の意)は、神の魂を有する人々の住む大地(地球)の雨、風、そして四季のよき差配にあり」


「されば、大天神、あなたはこの人々の住む大地に恵みをもたらし雨、風、さらに台風、温暖、寒冷、までの差配、可能なりや」


「宇宙においては、宇宙の均衡、摂理あり、。この宇宙の均衡、摂理にのっとり、さらに大神界の方針、希望とを合わせて、ここに、宇宙の摂理と大神界の摂理とが重なり、ここに、神の意としての差配も可なるときあり」


「大天神、あなたが神の摂理にのっとり、差配する、わが住むこの大地の加減(広さの意)は、いかばかりにおよぶや」


「余が差配する人々の住む大地の加減は、そなたの住める日の本を中心としたところより、人々の住む大地のもっとも熱きところまでおよぶものなり」


「大天神に問う。されば、今後において、われ必要なるときに、大天神、そなたに依頼せば、わが住む大地に生ずる雨、風、台風、温暖、寒冷を動かすこと可なりや」


「依頼のよしあし、可なりや。答えよう。大神界にあい通ずるそなたの霊的なはたらきのゆえに、そなたの意とするところ、われ、大神界の摂理としておこたり(行動、仕事の意)をなすであろう。
されば、今後において、大神界の摂理にかなうそなたの霊的よびかけに対しては、余、大天神は、その労をいささかも惜しむことなかりき」



こうして、わたしは夏草のしげる山頂で、大いなる大いなる大神界の至福の想いにひたりながら、大天神と想いの波動を交感し合ったのであった。



わたしは、現在、わたし自身の必要に応じて、この大神界の大天神とあい呼応することによって、天候の変更を可能たらしめている。


大 天神は、さらに、わたしにつぎのようなことも伝えてきた。すなわち、雨、風、台風、温暖、寒冷など天候については、この地球はだいたい五つのブロックに分 けられており、わたしが対話した、この大天神は、北は北海道から南はフイリピンにいたるまでの長さ、そして太平洋をおおう広大な土地の天候を掌握している という。


大天神が、わたしに答えたように、いまから十万年も以前の太古の人類は、すでに人間界にあるあいだに、大天神と想念で通 じる生活をしていたのである。そして、没後十万年を経過した現在にいたるまで、その命脈を保っているばかりでなく、大天神として地球の天候まで掌握してい るのだ!



しかし、そのようなことは、古代人ゆえになし得たことなのだろうか。いや、そうではない。それは、わたしたち現代人にとっても、決して不可能なことではないはずだ。


もし、この世にありながら大神界に通ずる想念界をもち、さらに、太古に発生した大天神とあい呼応し得る力をもち得たとしたら、その人間の死後には、やはり、偉大なる天神としての永遠のはたらき、エネルギーが約束されているだろう。

現在のわたしの霊的交際----変幻自在の大宇神との交流による恩恵


神 霊能力者としてのわたしは、現在、天神の中でもさらに神霊として昇華した存在である、宇宙化した霊界人とのおつきあいが多い。したがって、地獄の霊人たち とは、はっきりいって、今後、あまりかかわりをもつ気はない。だいたい、現在のわたしは、自然の状態では、そのような低級霊界とは、まったく波長が合わな くなっている。もし、わたしが地獄・魔界におもむこうとすれば、わたしは、自ら、自己の霊的波長をずっと程度の低いものにきりかえなければならないのであ る。


それは、高級霊界波動従事者として、日々向上の努力を惜しまないわたしにとって、あまり気持ちのよいことではない。



神 霊治療(浄霊)にしろ、一般の全心身浄霊にしろ、何百という霊の憑依をわずか数分で解消し得るわたし、そのわたしが低級霊界波動従事者であったなら、どの ようなことになるか。そこには、浄霊のたびに、依頼人にとり憑いて霊障の原因をつくっている低級霊と、まともに対決する相剋の図がくり広げられるであろ う。


しかし、現在のわたしは、もはや、低級霊界を対象にしたかつての霊媒体(心)質者ではない。



浄霊、先祖供養、因縁解除、これらすべての仕事は、低級霊界で苦しみつつ肉体人間に憑依している低級霊に対して、高き神界よりひいてきた神の光、霊流を存分に浴びせればよいのである。


そ のときに、苦しんでいる憑依霊と、わたしが浴びせる高級神霊の霊流と、その霊的段階の隔差が大きければ大きいほど、よりいっそうの効果がある。つまり、わ たしが、より高い神界から霊的エネルギーをひいて浄霊にあたることができれば、即効性の神霊治療(浄霊)は、さらに完成されたものになるのである。



そのようなわけで、わたしが早朝行う霊界探訪も特別な場合をのぞいて、ここ数年来、ほとんど宇宙化した神々との交流に明けくれているような状態である。



こ の宇宙化した神々は、わたしの胸中の大霊界に、あるときはケシ粒のように小さく、それでいてダイヤモンドのようにキラキラと輝く存在としてあらわれ、ま た、あるときは地球全体をおおいつくす大神人として、あるいは、宇宙全体をスッポリとおおいつくす大宇神としてあらわれる。



このことは、大宇宙にまします大神霊がその大きさばかりでなく、移動する速度についても自由自在である、ということをあらわしている。


あるときはわたしの目の前にあらわれ、また、あるときは一千億光年のはるかかなたで、わずかにキラリと宝石のように輝いていたり、さらに、直径十万光年の天の川をつつみこんでいたり、宇宙全体をつつみこんでいたりするのだから。



けっ きょく、これら宇宙化した高き神々は、その形態にも移動の距離にも時間にも、なんらの制約を受けない、ということである。それは、時空を超越した霊的存在 にして当然のことではあるが、しかし、神霊の中でも大宇神ともなれば、この大宇宙、大霊界ですら、その意志ひとつで自由自在に行き来することができるの だ。大宇神にとっては、この大宇宙、大霊界ですら、その意志ひとつで自由自在に行き来することができるのだ。大宇神にとっては、この大宇宙大霊界は、さな がら小さな箱庭だ。


そして、これら大宇神とわたしとの交流はすでに十数年前からはじまっている。現在、わたしが自己の胸中の大霊界でねがいかけたときには、たとえ大宇神が数千億光年のかなたにおられようと、いつでも、瞬時にして交信が可能である。


まことに、大宇神の思慮、知恵の力には、わたしたち人間の知恵では想像もできない、強大にして無限のものがある。


た とえば、二日あとに日本のある点を通過すると気象庁で予報していた台風の進路変更、天候やその他いろいろな条件によって刻々と変わる飛行機の一分たがわぬ 発着時刻の予測、いつもわたしが使っている東京の恵比寿から羽田までの高速道路のタクシーでの所用時間、これらすべての日常的なことを、わたしは大宇神に おうかがいしてコントロールしたり、あらかじめ知らされたりしているのである。


もちろん、大宇神から見たら、このようなことはたいしたことではないだろう。



大 宇宙の存在から見たら、ケシ粒ほどの存在である地球のある一点をいつ台風が通過しようが、この地球上で、さらに小さな小さな飛行機がいつ発着しようが、高 速道路の混雑具合がどの程度で、タクシーがそこをとおるのにどれくらいの時間がかかろうが、本来なら、大宇神にはまったく関係ないことである。



しかし、それにもかかわらず、わたしのわがままな呼びかけに応じて、そのように微少な点にいたるまで自在にコントロールし得る大宇神の超超能力に対しては、ありがたくも、あ然とするばかりである。



だ が、この宇宙化した大宇神が、実際のところ、宇宙全体に対して、また、わが地球人類にたいして、どのような想いをいだかれているのか、はっきりとしたこと は、わたしにもまだ分からない。ただ、わたしたち人類が、この偉大なる大宇神の流れをくむことによって人類の永遠の展望がひらかれるだろう、という確信は もっている。



ちなみに、これらの大宇神については、地球人類による発生もいくらかはあるようだが、そのほとんどは、大宇宙の他天体からの発生のようである。さらに、その発生年数はいまから約五億年から二十億年前であると、大宇神自らが、わたしの胸中の大霊界に伝えてきている。

大霊界